AAC 補助・代替コミュニケーション
賀川学園の実践
広島国際大学 伊藤 英夫
1.AACとは?
AACとは、Augmentative and Alternative Communication の略で、日本語では、補助・代替コミュニケーションと訳されています。AACの国際学会ISAACによるとAACとは、「話す、書くという普通の方法でコミュニケーションできない場合の方法で、サインや身振り、絵からVOCAまで多岐にわたり、表現手段と同時に理解を助ける方法でもある」と定義しています。このように、これまでは表出手段の側面ばかり強調されてきましたが、言語理解の促進という面にも注目されるようになりました。また、最近では自閉症児・者に有効なコミュニケーション手段として、学会発表や研究論文も増えてきています。
2.AACの二つの側面
AACは、「補助・代替コミュニケーション」と呼ばれるように、「補助」的側面と「代替」的側面とがあります。
・補助的側面:知的障害などのためにまだ話し言葉を獲得できていないが、今後獲得できる可能性のある児童、あるいはすでに話し言葉を獲得しているがことばの数が限られているような場合、図形シンボルやサインを補助的に用いて言語機能の向上をめざすやり方です。AACを用いることで話し言葉などの獲得を促進するという視点です。話し言葉を獲得し始めれば、なるべく話し言葉で表現できるように指導します。
・代替的側面:マヒや声帯切除などのように話し言葉による音声表出が機能的に障害されたり、知的障害に伴って話し言葉の獲得が困難であると予想される場合、話し言葉の機能の代わりを担うというものです。
3.AACの手段による分類
AAC手段にはさまざまなものが用意されていますが、次のように大きく二つに分類できます。
・非エイド系:手話、指文字、サインなど、体の部分は用いますが、道具や器具は用いないものです。イギリスで開発されたマカトンサインなどは、日本でも最近よく用いられています。
長所:道具類の持ち運びや操作がないので、わずらわしさもなく、時と場合を選びません。入浴中や車の運転中でも可能です。幼児期や重度障害児・者である程度生活範囲が限定され、接触する人が家族や先生、指導員など限られている場合は有効でしょう。
短所:手話や指文字、独特なサインなどは、社会の一般の人々には理解してもらうことが困難です。したがって、社会にでてさまざまな人とコミュニケーションをとる場合には向きません。運動模倣能力、手話などに必要な運動機能が障害されている場合も同様です。
・エイド系:図形シンボル、文字などを用い、コミュニケーションボード、VOCA、アイゲイズボードなどとして使用します。
長所:絵、写真、文字、音声などを使用しているので、周囲の人にも理解しやすい点があげられます。指さしやキー押し、特殊なキー入力、赤外線入力など、その人の残存能力をフルに利用することができます。
短所:器具や機器の携帯、操作などのわずらわしさがあげられます。
雨の日やプールの中などでは使用しにくいこともあります。
4.図形シンボル
図形シンボルとは、簡略化した絵や図形などを用いて言葉や簡単な文章を表し、それを用いて他者とコミュニケーションをとるためのものです。最も簡単で身近な例としては、トイレのマークや非常口のサインなどがあげられます。通常はコミュニケーションボードと呼ばれるボード状のものや、コミュニケーションブックと呼ばれるクリアファイルのようなものに、その図形シンボルを配列して使用します。後で触れるVOCAと呼ばれる音声表出機器のキーの部分にも、図形シンボルを配列して使用することができます。図形シンボルと一概にいってもこのようなシステムの全体を示す総称ですから、最も初歩的な段階では写真を用いることもありますし、霊長類が用いている無意味図形のように、具体的にそのものの形を表していない抽象度の高いものまでさまざまです。実際には市販されている図形シンボルを用いることが多いのですが、絵心のある人なら、対象児にあわせて自作する方がわかりやすく、使いやすいと思います。次に、市販されているシンボルのなかで、比較的よく用いられている代表的なものをあげてみましょう。
(1)PCS:カリフォルニアの言語療法士メイヤー・ジョンソンが作った、Picture Communication Symbols(PCS)は、がんらい肢体不自由者のために作られたものなので、語彙も3000語以上と豊富で、用いられているシンボルも具象性が高く見ただけで分かりやすいものになっています。コピーして用いるのが一般的ですが、シールになっているもの、パソコン上で使えるようになっているものなど、さまざまなバージョンが用意されていて、アメリカ・カナダでは最もよく見かけるシンボルといえます。
(2)ブリスシンボリックス:もともとはブリスという人が、漢字の偏と旁の構造に着目して作り出したシンボルで、カナダの教育者マクノートンが肢体不自由児に用いて成果を上げ、重複障害児・者へも適用範囲を広げ、その後知的障害児・者へも用いられるようになりました。漢字のように基本的な要素のシンボルを複数組み合わせることで別の単語を構成していますが、やや抽象度が高く、シンボルに補足的な絵を書き足して用いる例などもみられます。ヨーロッパやカナダではかなり普及していますが、我が国ではあまり使用されていません。知的障害児・者に抽象度の高いシンボルを用いるのは、シンボルの理解や記憶を維持する上で不利だと敬遠されがちですが、さまざまな角度からその有効性を示すデータや実証例も報告されています。
(3)PIC:Pictogram Ideogram Communicationは、比較的具象性の高い図案化されたシンボルを用いています。黒地に白抜きで表示されているのが特徴で、注目しやすくなっています。語彙数は国によってまちまちですが、ほぼ400〜600語程度です。これもカナダで開発されたものですが、ヨーロッパではかなり普及しており、日本版も開発されていますので、ご存じの方も多いでしょう。
5.図形シンボルのステップ
誰もが、最初から抽象化された図形シンボルを使いこなせるわけではありません。一般的には、
具体物 → シンボルとしての具体物 → 写真 → 絵シンボル → 図形シンボル
というステップが考えられます。最初、重度の児童・生徒は、具体物から始めることが多いと思われます。具体物、写真などは、文字通り具体的で分かりやすいというメリットがありますが、反面、非常に限定的で、「その具体的な物」しか表せないと言う限界もあります。逆に、絵シンボルや図形シンボルは、抽象的な属性のために、わかりにくいというデメリットがありますが、汎用性が高まるため、応用が利きやすく、概念などを表すこともできると言う利点もあります。これらの段階は、当然児童生徒の認知レベルの発達に合わせて、段階的に使い分ける必要があります。
6.シンボルとしての具体物 〜ミニチュアが使える!〜
よく重度の児童生徒の場合、具体物から2次元平面の写真、シンボルへの移行でつまずくことが多いという指摘がある。それは具体物が「その物」しか表しておらず、「それらの意味すること」を表しきれない限界があるからである。幼児期、通園施設でコミュニケーションボードの指導を受けていて、就学の時点で、ようやく実物大の写真なら、聞かれたとき何とか指して答えることができる、までになってきた児童がいた。養護学校では、校内表示の統一化を行っており、「体育館」は国土交通省が定めている「陸上競技場」のシンボルを使用していた。しかしこの児童にとっては、まだシンボル化されたものを理解することは難しいため、体育館で使用する「コーン」の実物を提示し、「次は体育館へ行くよ」ということを示し、体育館までそのコーンを運ばせることにすると、分かるようになった。次のステップとして、コーンの小さいもので提示すると、それでも分かるようになり、さらに体育館のシンボルが理解できるようになったという。つまり、具体物ではあるものの、大きさや素材、色などが違うものを用いることでシンボル化され、コーンのミニチュアが意味するもの=体育館、というシンボル化の法則が理解できるようになったということである。具体物レベルから平面のシンボルへの移行に対して、非常に示唆に富む実践といえよう。
7.賀川学園での実践
(1)大人が指示を伝えるための視覚的手がかり
・プログラムカード
・いけない(禁止)、静かに、トイレなどのシンボルカードの使用
・言語指示の補助的手段としての使用
言葉の表出や理解はある程度あるが、理解の促進に役立つ例
(2)子どもが要求を伝えるための視覚的手がかり
・実物(パッケージ)によるおやつの選択
・写真・色つきの絵によるおやつ、おかわりの要求
実物大から小さいものへ
・シンボルによる要求
(3)食べ物以外の要求
・朝の会のお遊戯の選択
プログラムへの選択肢
プログラムへの子どもの参加
→子どもの参加度の違い
(4)かけひきの出現と人間関係の変化
・これは嫌だけどこっちならいい
・いたずら、報告、自己主張の出現
(5)3歳児からの適用
・毎日の繰り返し
・適用可能な子どものみきわめ
(6)AAC適用がもたらす教師への影響
・子どもの意志の尊重
・選択肢を増やす努力
・子どもの理解が深まる
8.コミュニケーションは楽しむもの、できないことの指導の手段ではない
ある養護学校での事例1:幼児期からコミュニケーションボードを導入されている児童に、早速継続して使ってみたが、すぐに使いたがらなくなった。やはりこの時期に使うのは無理があるのではないか。というご指摘を受けたことがあります。せっかく幼児期から使い始めていたのに、使い方を誤った例です。ここには「双方向のコミュニケーション」という発想や、「コミュニケーションの楽しさを実感させる」という視点がなかったからです。一方的に、いやなこと、嫌いなことを押しつけるために、AACを使おうとすると、こういう事態を招くことになります。
ある養護学校での事例2:作業が終わるとビッグマックで「終わりました」と報告させていたときのことです。最初は調子がよかったのですが、しだいにビッグマックを使わなくなりました。どうしてだろうということになって、細かく観察をしていると、あることに気がつきました。せっかく「できた」と思って報告しても、すぐに次の作業がやってくるからいやになってしまったのです。つまり「できた」という報告の後には、何らかの楽しみ、励まし、共感などがないと、「できました」の報告は、単に「作業が増える合図」にしかならないからです。コミュニケーション手段としてVOCAを使用しても、教師の側が「教える」「指導する」意識が強すぎるあまり、「コミュニケーションマインド」が不足するとうまくいかなくなるということを教えられた事例です。
どんどん語らせよう:授業や作業の時間だけにAACを使おうとするから、こういう事態になりかねないわけで、コミュニケーション指導とは、朝「おはよう」と登校したときから、「さようなら」と下校するまでの1日の生活のなかで、児童・生徒の必要感に即して行われるべきものなのです。そして、休憩時間や自由時間の時に、連絡帳の記入にばかりに時間を費やすのではなく、児童生徒との語らいの時間を作るくらいの余裕があると、いろいろなことをどんどん語ってくるようになります。これこそが本来のコミュニケーション指導の姿といえます。
9.よくある質問
AACのことで、必ず出てくる質問がいくつかあります。そのうちの代表的な疑問点の一つに、「話し言葉の指導をすれば言葉が出たかもしれないのに、言葉を使わないAACを用いることで、言葉が出なくなるのではないか」というものです。答えはむしろ正反対です。「AACは、話し言葉の獲得を促進する効果があっても、阻害することはない」のです。たとえばコミュニケーションボードで会話する時、相手の大人は、使いながら正しい発音で見本を示しますし、子どもがシンボルを指した時、代わりにその言葉を発音してあげます。そのことで子どもたちは、音声フィードバックが得られ、脳の中にシンボルと音声の記憶が蓄えられるからです。実際、AACによるコミュニケーション指導を行って、言葉が出始めた子どもはたくさんいますし、AACによって獲得した語彙の中から発語し始めることからも、AACの指導をとおして音声言語を獲得したことは明らかです。ただし、残念なことに、すべての子どもがこの方法で音声限を獲得できるというわけではないのです。
10.コミュニケーションの本質
〜気に入らないだけでパニックになっているのではない!〜
コミュニケーションボードで色々なことが伝えられるようになったT君が、いつも食事時に大騒ぎをして泣くので、試しにお母さんがボードを見せたところ、「フライドポテト」のシンボルを指さしています。「フライドポテトが食べたくて騒いでいたのか。」と分かったのですが、急に言われてもそんなものありません。「ない」と言ったらまた怒るだろうな、と思いながらボードでそう伝えると、それで納得しておとなしくなった、というのです。「食べたくて」泣いていたのではなく、実はその思いを伝えることができず、誰も分かってくれないことに腹を立てていたのです。だからこそ「ないよ」と言われても納得できたわけです。自分の思いを相手に伝えることの大切さは、その人の生活や人生の根元的な部分にかかわる重大なことです。コミュニケーションによる満足感とは、ただ単に、要求したものが手にはいるといった短絡的なことではなく、自分の伝えたいことが相手に伝わったか、ということにあることが、この事例でよく分かります。たとえその要求がかなわなくても、相手に伝わった後の「No」であれば、納得できるということです。一番大切なことは、自分の思いが相手に伝えられるか、ということです。ここに、コミュニケーションの本質を見る思いがします。自分の思いを相手に伝えることの大切さは、その人の生活や人生の根元的な部分にかかわる重大なことです。もし伝えたくても伝える手段もなく、伝えることができない経験を繰り返していたら、そのうち伝えようという努力や気持ちを失ってしまうに違いありません。コミュニケーションがうまく成立することで、その人の生活の質(QOL)を高めることにもつながり、社会参加を促す結果ともなるわけです。
11.今後の方向性 〜VOCAの適用〜
(1)VOCAとは?
VOCAとはVoice Output Communication Aids(音声表出コミュニケーション機器)の略称です。図形シンボルとコンピュータとを組み合わせることで、相手に伝えたい内容を音声で表出させることができる電子機器の総称です。合成音声を用いるものとデジタル録音による肉声を録音したものを用いるものと二通りあります。ハードウエアの点では、ノートパソコンを用いるものや専用機で使用するものなどがあります。またソフトウエアの内容はビッグマックのように1語または1文章しか入らないものから、市販の図形シンボルを丸ごと入れてあるものまで多岐にわたっています。対象となる人の言語能力や使用頻度等にあわせて使用する機器を決定することができます。
(2)VOCAの有効性
音声表出できる器機ですから、@受け手も含めて自然なコミュニケーションができる。Aシンボルを相手に見てもらう必要がない。B離れたところにいる人にも伝達が可能。C音声で表現できるので、楽しさ、意欲がでる。D自分のコミュニケーションが第三者とも共有できる。
このように、VOCAを導入することで、新しいコミュニケーションが広がるでしょう。